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富山の秋 麦屋祭と立山五色ヶ原

ソラリスさん YAMAP Meister Master

  • YAMAPマイスター:マスター
  • 自己紹介:気が付けば29年間、会社に勤めた事になります。出身は富山なのですが、首都圏勤務が長く、元々、車やバイクで全国を巡るのが好きで、何時の間にか山を訪れて旅行を兼ねて愉しむ山旅スタイルになっていました。何となく各位の山行日記の投稿が高山植物に似ているのかなと感じてます。メンバーさん一人一人の投稿が花です。花の愉しみ方は人其々で、自分はひっそり咲いている花を探すのが好きなようですが、百名山登山に憧れ、残りは8ですので華やかな花にも強い憧れが在りそうです。投稿は減りそうですが時々、花を探しにYAMAPを訪れたいと思っています。
  • 活動エリア:富山
  • 性別:男性
  • 生まれ年:1964
  • 出身地:富山
  • 経験年数:10年以上
  • レベル:初心者
  • その他 その他

立山

2015/09/23(水) 13:17

 更新

富山の秋 麦屋祭と立山五色ヶ原

公開

活動情報

活動時期

2015/09/22(火) 08:27

2015/09/22(火) 17:17

アクセス:954人

軌跡・時間・距離

軌跡データをダウンロード
累積標高上り 2,458m / 累積標高下り 2,470m
活動時間8:50
活動距離13.22km
高低差551m
カロリー677kcal

写真

動画

道具リスト

文章

年末にかけて仕事も忙しくなっていくのですが、今年のSWは土日が休日出勤で、日曜日の夜に城端麦屋祭を見学して、火曜日に5年ぶりに立山を訪ねることにしました。

麦屋祭は12年ぶりで、当時見た麦屋祭はお寺の中で町毎に踊りを披露する形式で、衣装も地味でした。今年は城端別院善徳寺が改修中で特設ステージ上で踊っていたという事も在りますが、観光色が強い祭りに変わっていました。それでも歳をとって見る麦屋節は感慨深く、男踊りは直線的で力強さの中にしなやかさがあり、農作業の所作を表している踊りだそうですが、力強さとスピード感がとても印象に残りました。

歌詞で麦や菜種は二年で刈るが麻が刈らりょか半土用に浪の屋島(高松市)を遠くのがれて来てという節にも在るように、原曲は平家の落人の歌になります。自分の亡くなった母方の祖父は大工さんで大阪に修行していた時に香川の観音寺出身の祖母と出逢って、祖母が富山に嫁に来ました。祖母が亡くなる直前は四国の香川に帰りたがっていたのですが、祖母が亡くなった後、私の母と香川の観音寺に行った事が在ります。瀬戸内海が広がる穏やかな海の前に銭形砂絵が在り、その松林の下に落ちていた松ボックリを拾ってきました。今も玄関に飾って在ります。そんな事を想い出しながら、街の総踊りを観ていると自分も踊ってみたくなって、踊ってきました。(笑)踊った人だけに城端麦屋祭の特製手拭いを首にかけて貰えたのですが、折角なので、この手拭いを地元の立山登山に使ってみる事にしました。

立山三山に浄土山という山が在って登山道を室堂から登っていくと遠くに大きな草原台地が広がっていて、その中に可愛らしい赤い屋根の建物がポツンと建っているのが見えるのが、長年、気になっていたのですが、今回、初めて室堂から五色ヶ原に日帰りしてきました。朝5時15分頃に駐車場に着いたのですがSWの混雑が酷くケーブルカーは7時10分発、室道からの登山開始が8時30分になってしまい、高原バス最終が17時5分、コース標準タイムが10時間40分かかるので、宿泊覚悟で日帰りすることにしてみました。このコースは立山から薬師岳への縦走路にもなっています。

このコースは起伏が激しくて、浄土山から龍王岳、鬼岳を巻きながら、獅子岳に登ります。獅子岳からザラ峠が急な長い下りなのですが上部はザレて居て梯子も在る辛い道です。帰りの登り返しは、喘ぎながら登ってました。(笑)

ザラ峠は戦国武将の佐々成政が徳川家康に支援を求めて超えた道と云われていますが、ザラ峠から近くのカルデラ壁の崩壊した状態を覗きこみながら、崩壊壁のへりの先を登りつめると、秋の五色ヶ原が眼前に現れます。鳶山と鷲岳の下に行く手の赤い可愛い屋根の五色ヶ原山荘がポツンと建っている姿が和やかで懐かしい感じがするのですが、昔から何度か、浄土山から五色ヶ原を眺めていたからだと思います。

最近の登山は仕事に疲れて(笑)、優しさを感じる山に登る事が多いのですが、自分が富山を出て、東京の大学生になった時、関東の尾瀬の事を知って、長蔵小屋の平野長靖さんに興味を持ちました。京大を卒業し、北海道新聞に入社したのに、稼業を継ぐ筈だった弟が死んで、長蔵小屋を継いだ人になります。現在の大清水から沼山峠を結ぶ自動車用道路建設に反対した人として有名なのですが、日頃の忙しさも在ったのか、勝手知ったる筈の三平峠で、36歳の若さで遭難し亡くなりました。NHKのドラマでも若き日の渡辺謙さん(魚沼市出身)が平野長靖さんを演じて印象に残っています。そんな理由で優しい雰囲気の山に登るのが好きなのだと思います。

五色ヶ原山荘のホームページに五色ヶ原山荘の歴史というページが紹介されているのですが、昭和39年にご夫婦と赤ん坊を背負って、山荘を切り盛りする姿が写真に写っていました。試練の多い山小屋の仕事も夫婦の絆で乗りこえて、客足がない秋の日の夕方は夫婦で散歩に出かけたと云います。現在は世代交代して、五色ヶ原の自然保護活動にも力を入れているそうです。

小屋番さんに今日、宿泊できるか聴くとSWも終わりでお客さんが少ないという話でしたが、室堂から歩いて5時間、五色ヶ原山荘は赤い屋根の小屋は見るからに暖かそうな雰囲気に包まれた小屋でした。五色という言葉は仏教から来ているそうですが五色という色があるのだとすれば、五色ヶ原の五色は恐らく、季節によって変わっていくのだと思います。夏はチングルマやハクサンウフロなどの色鮮やかな花の原色の色、秋は草紅葉の黄金色になって、間もなく草原には雪が降って無垢の白色に染まっていきます。そして、季節を問わず五色の中心には五色ヶ原山荘の暖かな暖色が感じられる、そんな色なのかもしれません。

帰路ですが、最後、散策コースを一生懸命、走って室堂ターミナルには17時5分に着きました。結局、SWの混雑で、帰りのバスも1時間待ちの状態で18時頃に室堂ターミナルにゆっくり着いても高原バスには乗れたと思います。(笑)

二つの旅日記を纏められず、とりとめの無い山行日記になってしまったのですが、五色ヶ原は浄土の向うの金色の秋だと感じました。知らなかったのですが、立山三山縦走には、浄土山は過去、雄山は現在、別山には未来の意味があるそうです。秋のむぎやは、浄土からの贈り物なのかもしれません。五色を飾る最後の色が、眩いばかりの仏像のような金色で草紅葉なのだとすれば、麦屋節は金色の実りを喜ぶ秋なのだと思います。仏像が金色なのは、日本では実りの秋にマッチしていたのかもしれません。

少なくとも、山行日記を投稿しようとする事で、色んな事を調べて、知る事、学ぶ事が出来る。それだけは確かなようです。(笑)

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