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秩父山中 花のあとさき

ソラリスさん YAMAP Meister Master

  • YAMAPマイスター:マスター
  • 自己紹介:気が付けば29年間、会社に勤めた事になります。出身は富山なのですが、首都圏勤務が長く、元々、車やバイクで全国を巡るのが好きで、何時の間にか山を訪れて旅行を兼ねて愉しむ山旅スタイルになっていました。何となく各位の山行日記の投稿が高山植物に似ているのかなと感じてます。メンバーさん一人一人の投稿が花です。花の愉しみ方は人其々で、自分はひっそり咲いている花を探すのが好きなようですが、百名山登山に憧れ、残りは8ですので華やかな花にも強い憧れが在りそうです。投稿は減りそうですが時々、花を探しにYAMAPを訪れたいと思っています。
  • 活動エリア:富山
  • 性別:男性
  • 生まれ年:1964
  • 出身地:富山
  • 経験年数:10年以上
  • レベル:初心者
  • その他 その他

城峯山(城峰山)

2015/10/05(月) 01:45

 更新

秩父山中 花のあとさき

公開

活動情報

活動時期

2015/10/04(日) 15:43

2015/10/04(日) 16:37

アクセス:532人

軌跡・時間・距離

軌跡データをダウンロード
累積標高上り 308m / 累積標高下り 546m
活動時間0:54
活動距離6.20km
高低差237m
カロリー68kcal

写真

動画

道具リスト

文章

年末にかけて、首都圏に出張する機会が多くなるのですが、 9/30から10/4まで首都圏出張で西新橋、さがみ野、7年間通った横浜の自社ビルに寄ってきました。

横浜の関内、桜木町のビジホに宿泊して仕事の合間にみなとみらい周辺を軽く散策して来ました。横浜に居た頃の最後の仕事が神奈川の信金さんの仕事だったのですが、開発に苦しんで何度か夜中に開発拠点の在った横浜市営地下鉄の吉野町から本部の在る関内・桜木町まで歩いた事が在ります。賑やかな夜の伊勢佐木町を横目に、夜中のみなとみらいのコスモクロック21の時計の時刻を眺めていると街に響く夜のビル工事の音が喧しいのに、ぼんやりして、それでもコートの襟から入り込む冷たい風は身に沁みた事を想い出します。(笑) 仕事が忙しくなると決まって大観覧車に乗りたくなって、ランドマークタワーから眺めるコスモワールドの大観覧車を見下ろすのも、とてもお気に入りでした。

神奈川新町の会社に寄社した帰りに京急電車で品川方面に走ってると、京急川崎近くで何か躍りをしているのが見えて、京急川崎駅で降りると川崎市の阿波躍り大会が行われていました。神奈川県、東京都の街別や企業等の組織別に連と呼ばれるグループを組んで踊ります。中には第一ひかり幼稚園連という連も在りました。踊る前の晴れ舞台の躍り子さん逹の緊張感と熱気がひしひしと伝わってきて、阿波躍りの裾野の広がりには驚きました。

今回の出張では登山用具も無いので長年、気になっていた場所に出掛けてみる事にしました。横浜の自社ビルで首都圏での生活も終わりにしたいと考え始めた頃、神奈川の信金さんの仕事を担当し始めた2002年に、NHKで「秩父山中、花のあとさき」というドキュメンタリーが放送されました。奥秩父の限界集落に住んでいた小林ムツさん夫婦が、後継者も居ない耕してきた段々畑を閉じる事になって、せめて世話になった畑に木や花を植えて山に返そうとする内容が記憶に残っています。

富山に帰る途中、新幹線の本庄早稲田で途中下車して、レンタカーを借りて、ムツさん夫婦の自宅を訪ねてきました。放送された頃に母方の祖母が亡くなってムツさんに顔がそっくりだった事も在るのですが、ムツさんは気丈な人で、自然を慈しむ様子がアメリカの絵本作家で園芸で有名なターシャテューダーに似ていて、あれから長年、気になってました。続編も含め、3作在って、最後の放送は、ムツさんが亡くなった翌年に放送された2009年だったと思います。

10/4は秋というよりは暑い日で、夏の終わりのような日でしたが、8年経って、二人が住んでいた埼玉県吉田町大田部楢尾の集落は訪ねる人も居なくなって、ひっそりと佇んで居ました。この場所は放送終了後も沢山、人が訪れたと云います。祭りが終わった静けさの中、谷の向こう側に住む女性が誰も住まなくなった集落の様子を巡回しに来てました。

ムツさん夫婦が植えた花は時期的に終わっていて、植えたもみじも紅葉には早く、ムツさんの家のガラスの向こう側に飾られた写真や寄せ書きも長年の歳月で少し色褪せて見え始めていました。人が来なくなって、家の二階も廃屋の雰囲気が漂い始めて、長い歳月を感じます。

最近、自分も色褪せながらも心に残り続けて、絶対に忘れない事が多くなって来たように感じます。そんな風に思うのは自分が歳を取ったからですが(笑)、花のあとさきの言葉の意味を時々、想い出したように考えます。それ故、今回、小さな旅に出かけてきたのですが、手塩にかけて育てた花や木は何時か全ての物語が土に還ったとしても、忘れられない何かが遺ると感じています。自分が土に還る頃、花のあとさきの意味が解るのかもしれません。今回はひっそりと山間に咲いた花のように、紀行文を投稿しておきます。

ムツさんの家の縁側に短歌が飾って在りました。「春に愛で秋に錦のムツ婆の心に残る花のあとさき」

生まれて初めての短歌、帰宅途中に考えました。短歌の事、何も知りませんが文字数のみ合わせておきました。(笑)

「花が散り紅葉来ぬも縁側の傍で微笑む黄金の写真」

陽が傾いてきて、夕陽差し込む縁側に、想い出に色褪せた写真のセピア色が、こがね色に輝いて、秋を感じて帰って来ました。

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