9/11 地獄の閻魔王庁 〜後編 ② 〜

2018.05.28(月) 日帰り

活動データ

タイム

08:23

距離

14.8km

のぼり

1140m

くだり

1147m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
8 時間 23
休憩時間
3 時間 10
距離
14.8 km
のぼり / くだり
1140 / 1147 m
4 3
2 12
16
55
12
33

活動詳細

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〜〜後編 ① 〜 〜⑩ 『地獄の仕組み』〜の続きです🙇 たしかに体が切り刻まれたり、焼かれたり、すり潰されたりするが、それは本人が錯覚を起こすような仕組みになっている。 本当に焼かれているわけではないのである。 しかし、本人にすれば熱いという実感があるし、痛いから苦しむ、恐怖もある。 あまりにつらいその苦しみの中で、 『もう二度と悪いことはするまい』と、 心に誓う。 涙ながらに決心する。 改心したところで責め苦は終了し、 その後は倫理観や道徳観を徹底的に学ぶ、学者期間へと移行するのである。 地獄の100番までは、先に肉体の苦しみが与えられる。 痛みがなければ改心する気持ちが芽生えない者ばかりが沢山いるからだ。 第1地獄が最高に濃いもの、 例えば100%果汁ジュースだとすると、2番、3番と上がっていくにつれて徐々に希釈される感じになる。 100番になると、水? というくらい薄まっているのだ。 体に与えられる責め苦(錯覚だが)が、少しずつ軽くなっていくと、倫理や道徳を学ぶほうも、例えば 第1地獄が100年だとすると、第2地獄は99年に、第3地獄は98年に、とこちらも合わせて減っていく。 『 101 〜 150番』には肉体の責め苦がない。 ここは『 心の地獄 』 である。 自分がしたことを被害者の身になって体験し、被害者の苦しみを味わう。 さらに、どうして自分はこのような酷いことをしたのか…… という悔悟(かいご)の念にも苦しまなければいけないという地獄だ。 ある程度霊格が高くなれば、 肉体の責め苦は必要がないので心の地獄に落とされる。 自分で自分を責める地獄は、想像をはるかに超えた苦しみがあって、 俺は第1地獄より第101地獄(心の地獄の最下層) の方がつらいのではないか? と思っている。 チビ太も同意見だった。 145番からは『 反省室 』のようなものだ。 地獄と呼ぶのはちょっと違うのだが、一応、地獄のカテゴリーに入っている。 ここでは、各々、自分の心と向き合い、反省をする。 獄卒(ごくそつ)もいなければ、監視する者もいない。 必要に応じて指導する者だけがいる地獄である。 『第150地獄』などは、反省が終われば自分から地獄を出られるようになっている。 つまり、 『自分だけで心を正せる霊格の人のみが入れる地獄』なのである。 早い者は人間の時間で言うと、1時間もいないのではないだろうか。 霊格が高い者がうっかり悪行を犯してしまったような場合にはここになる。 『自殺をした者は 145番』 と、 これも決まっている。 自分を殺すという罪を犯してしまったが、 『他者に危害を加えていないので、地獄では反省だけ』となっているのだ。 しかし、閻魔王庁に来るまでに、長い時間亡くなった場所に捕らわれているため、 そこでの時間が地獄ということになる。 死んだ時の激痛はそのまま延々と続き、 空腹であり、喉も渇き、それなのに誰にも助けてもらえない。 いつまでも死んだ理由に苦しめられる。 例えば、仕事がつらい、 というのが原因だったら、死んでもなお仕事がつらいという気持ちから解放されず、 つらい、つらい、と苦しまなければならない。 つらさから逃げる為に自殺をしたのに、 結果は 『逆になる』のだ。 周囲は真っ暗闇で何もわからず、ひたすら孤独。 成仏するまでの長い時間、このとらわれの世界から抜けられない。 それが『自殺』なのである。 〜 ①① 『 地獄は霊格の学校 』〜 仏の修行に入れたおかげで、 地獄が持つ本当の存在理由を俺は知ることができた。 『地獄な罰を与える、ということが目的で存在するのではない。罪を償う場所でもない。』 罰を与えるだけ、罪を償うだけだったら、 再び地上に生まれた時に同じことをしてしまう。 地獄は、霊格の学校のようなものである。 『霊格が上がるように仏がサポートする機関なのだ🌿』。 人間として魂の歩みを始めたばかりの者は、どうしてもまだ霊格が低い。 それは誰かが親身になって指導をしなければ、向上しない。 低い者はもっと低い方へ、楽なほうへ流れていく傾向があるので、放っておいたらいつかは『 悪霊 』となってしまい、世界は悪霊だらけになる。 『 悪霊 』たちのエネルギー源は、 人間の真っ暗い心であり、 低い感情、 良くない行ない、 残虐な行為、などである。 悪事を働く人に取り憑いたり、低い方へ流れやすい人に取り憑いて、悪感情を持つように、また、良くない行ないをするように仕向けるのである。 強盗や殺人などの大きな悪事だけが好きなのではなく、 人をおとしめる、 ねたむ、 裏切る、 おとしいれる、酷い悪口を言いふらす、 人の不幸を面白がる、 なども悪霊は大好きである。 そのようなことをする可能性がある人間に 『 悪いことは楽しいぞ 』 『 もっとやれ 』 と、そそのかし、人生が悪行で終わるように取り憑くのだ。 救いようがないほど真っ黒になってしまうと、死んだ瞬間に、悪霊に引きずられてそちらの世界へ行ってしまい、悪霊と化す。 そのような事態になってしまわないように、閻魔学校では、毎回、人生が終わるたびにクリーニングしている、というわけである。 閻魔学校には、魂の歴史が浅いうちは何回も来ることになる。 そのたびに閻魔様に叱られて、地獄で矯正・指導され、少しずつ霊格を上げてゆく。 仏に一歩ずつ近づいていくわけである。 そして、いつの日か卒業する日が来る。 卒業すればかなり霊格が上がった魂となっていて、生まれ変わっても悪いことはしない。 まだ霊格が低いうちは悪いことを探して行なうような部分があるが、 霊格が高くなると逆に良い行ないをしたい!と思うようになる。 善行が自然にできる、そのような人物になっている。 仏がこのように一人一人を見捨てずに導くのは、慈悲深いからという理由だけでなく、 人間に愛情を持っているからだ🌿 人間はバカなこともするし、間違ったこともする。 けれど、 仏が長い時間をかけて導けば、 いずれは輝くような仏にもなれる日が来るのである。 そのことを人間自身は知らないが、 仏は知っている。 だから閻魔様も無理して叱り飛ばし、怒鳴りつけ、なんとしてでも霊格を上げてやろうとしているのだ。 俺もチビ太も閻魔学校は第1地獄から出発した。 何回も被告人としてここへ来た。悪い事がどう悪いのか理解できてない時代もあったし、人のことまで考えられないという霊格が高くない時代もあった。 たくさん罪を犯して、後悔して、反省して、霊格の階段を一段一段上がって来た。 そして今は仏の見習いとして修行を積んでいる。 判決を受けてうなだれて去る被告人に、 俺は『 頑張れよ!』と心の中でエールを送っている。 『 地獄を体験することは決して罰ではない。 魂の歴史が浅い者を正しい道に戻す唯一の方法なのであり、閻魔学校はありがたい機関なのである🌿』 〜 ①② 『 お供え物 でひと休み 』 〜 " おい、新入り!おすそ分けだ " 休憩時間に、司録の眷属が美味しそうな饅頭を俺とチビ太に一つずつくれた。 " ありがとうございます " 俺たちはハモってお礼を述べ、さっそく饅頭を頬張った。 "美味しいですねー、コウスケさん " チビ太は幼稚園児らしく、ニコニコしながら食べている。 " 俺さ、生きてる時は甘い物、好きじゃなかったんだよな〜。 なのに! 仏の修行に入ったら大好物になったんだよな〜。不思議だな " " 仏は甘い物と 果物が好きなんですよ" " え?それ、決まってんの? " "はい " 不思議だ。俺は饅頭だの羊羹だの、食べたことすらなかった。 俺が人間だった時の好物はゆで卵、あ!あとラーメンが大好きだったんだ。 でも今は饅頭の方がずっと美味い。 " おい、これもおすそ分けだぞ " と、今度は司命の眷属が桃を持ってきてくれた。 俺もチビ太も桃にかぶりつく。うまい! なんてうまいのだろう果物は! 俺は果物も好きではなかったのに、ここに来てからは美味くて仕方ないと思うくらい好きになった。 " 仏にお供え物をしてくれる人間がいるのは、 本当にありがたいことですねぇ🌿" " 地上で、閻魔様にお供え物をしている人は、お供え物がこうして閻魔王庁で分けられているって、知らないでしょうね〜 " " そうだろうなぁ。みんなで感謝して食べているんだぜ。って教えてやりたいよな" " ところでチビ太、これって閻魔様だけなの? お供え物が届くの " " 違いますよ。どの仏様にも届きます" " で? " "質問はちゃんと文章にしましょうね、コウスケさん。 一文字だけで質問をするのは失礼ですよ。 どの仏様も、下で働く修行中の者や眷属に分け与えて、皆さんで食べていますよ" " ふ〜ん、じゃ、形式的なものじゃないんだな、お供え物って " " はい。 神様の世界でもそうらしいです。 どの神様へのお供え物も、神様は全ての眷属と修行中の者に分けて頂いているそうです " " 仏界も神界も、神仏や眷属、修行中の存在は、空腹にはならないから、基本何も食べる必要はないけど…… でも美味しい物を食べると息抜きになるよな。修行も仕事もちょっと休憩、ってできるし " " ホッとしますね。もっとこう優しくなれると言いますか……。 どうしてでしょうね? 『お供え物をした人のピュアな信仰心が詰まっている🌿』からかもしれませんね " "そうだなぁ、癒されるな〜。ありがたいよなぁ〜 と、俺は思わず合掌して頭を下げていた。 " コウスケさん、いいですね、 拝まれるほうの僕たちが合掌して感謝するって " そう言いながらチビ太も合掌して、ごちそうさまでした、 とお供えをしてくれた人間にお礼を言っていた。 〜最終章〜 〜①③ 『忠之の場合 ~ 殺人 ~ 』〜 次の被告人は高齢の男性だった。 85歳くらいだろうか。 忠之と呼ぶことにしよう。 忠之はどう見てもここに来る人間ではない。 明らかに『高い霊格』で、『もうすぐ人間の転生を終了するのでは』ないか? と思える高い位置にいる。 性格も穏やかだし、善行もたくさん積んでいる。 どうしてここに来たのか? と、ミスを疑ってしまうほど、その場にいることが不自然だった。 閻魔様の前に連れて行くと、 閻魔様も目を丸くして驚く。 " お前は……とうの昔に地獄を卒業したはずだ。 なぜここに……? " しかし、司命が読み上げた罪状は…… 『 殺人 』だった。 法廷内がざわつく。 5人の補佐官もその眷属も、司命も司録も、みんな忠之を知っているらしい。 忠之は静かに目をつぶっていて、その姿は潔く覚悟を決めているように見えた。 何か特別な事情があったのだろうか…… と誰もが思った。 金銭目的や、抑えられない怒りで殺人を犯す霊格ではないからだ。 とりあえず状況を見てみよう。 忠之は大学を卒業して機械メーカーに就職している。 29歳で結婚。 ひとり娘を授かり、郊外に家を購入して、妻子のために頑張って働いた。 部長まで出世をした忠之は、定年まで勤め上げた会社を退職すると、その後も少し働いて、それからは悠々自適な毎日を送った。 忠之の人生をざっとかいつまんで説明するとこんな感じだ。 ごく普通の善良な市民である。 そんな忠之が殺した相手は…… ……『 彼の妻 』だった。 忠之と妻は京都で出会った。 その時、忠之は25歳、妻は23歳。 忠之が京都御苑を歩いていたら、前を行く女性が何かを落とした。 『 落としましたよ 』 と声をかけてたが、少し距離があったせいか、聞こえなかったようで女性は気づがない。 女性が落とした物を拾って見ると、それは手書きの地図だった。 大事な物だろうと思った忠之は小走りで女性に追いつき、 『はい、これ。落としましたよ』 と、渡すと女性はにっこり微笑んでお礼を言った。 可愛いなぁ、と思ったが、 それだけだった。 その日の午後に金閣寺を訪れると、 さきほどの女性がまた前を歩いていた。 忠之も一人旅だが、どうやら彼女もそうらしい。 女性は忠之に気づくと『あら!』と照れたように言って、会釈をした。 忠之もペコリと頭を下げた。 偶然ってあるんだな、と思ったが、 その時もそれだけだった。 翌日、嵐山の渡月橋でまたしても彼女とばったり会った。 さすがに三度目になると、お互い無視もできず、会話を交わした。 景色が美しいですねとか、どこから来たのですか、などと話しつつ、そのままお昼をともにし、連絡先を交換して…… ……そこから交際が始まった。 彼女はとても可愛いらしい女性だった。 ころころとよく笑い、忠之の話を楽しそうに聞いた。 一緒にいると癒されるタイプなのだ。 さらに、一歩下がって忠之を立てる奥ゆかしさもあり、そのうえ聡明という、非の打ち所がない女性なのだった。 4年ほど交際をして2人は結婚した。 可愛い娘も生まれ、一戸建ての家を買い、幸せを絵に描いたようだと、周囲からも羨ましがられた。 妻は専業主婦で忠之に尽くし、いつも笑顔で家にいて家庭を守っていた。 娘は両親の愛を一身に受けてすくすくと成長した。 毎日、家に帰るのが楽しみで仕方ない、そんな家庭だった。 娘が就職をして海外勤務になると、 夫婦2人の生活が始まった。 一緒に映画を観に行ったり、美術館めぐりをしたり、時にはディナーで贅沢もして、夫婦だけの生活をエンジョイした。 いくつになっても仲が良く、 2人ともよく笑い、よくしゃべった。 娘は赴任先のアメリカで国際結婚をしたので、年に1回しか会えなくなったが、娘が幸せだったら寂しくても構わない、 自分には妻がいるし……と忠之は思っていた。 定年退職をして嘱託で5年ほど働き、それからは妻と2人でのんびりゆったりと暮らした。 庭に小さな家庭菜園を作り、パソコンも2人で教室に通って使えるようになった。 穏やかに、そして静かに、 平和な日々が過ぎていく、 そんな理想的な老後だった。 〜 穏やか日々を壊す病 〜 そんな日々の中で、 妻が少しずつ変わっていった。 怒りの感情を持っていないのではないか、 というくらい温厚な性格だったのに、 たまにイライラと忠之に文句を言うようになったのだ。 それも、腹が立って仕方がないというふうに、大きな声でののしる。 意地悪を言うこともあった。 例えば、パソコンで文章を作っていて、うっかり全部消してしまった時に、 『偉そうに知ったかぶりをして、あちこちいじるからそうなるのよ! バッかみたい。 天罰ね、 ザマーミロだわ! 』 と言って忠之を驚かせた。 いつも機嫌が悪く、 どうしてこんなにイライラしているのだろう? どこか体調が悪いのか? それとも歳をとって家にこもる日が多くなったからストレスが、たまっているのか? と、忠之は悩んだ。 まさか性格が変わるなんてことはないだろうし、心療内科に連れて行ったほうがいいかもしれない、 と思っていると、妻は同じことを繰り返して言うようになった。 あれ? これはもしかしたら! と思っているうちに、昨日のことを覚えていない、と衝撃の発言をしたりした。 忠之が慌てて病院に連れて行くと、 予想どおり妻は『 認知症 』を発症していた。 忠之は目の前が真っ暗になった。 これからどうなるのか、見当もつかない。 その時、忠之はすでに80歳になっていた。 病院からケアマネジャーを紹介されて、介護サービスを受けることにしたが、 他人が家の中に入り込むことを妻が嫌うため、ヘルパーは断った。 デイサービスだけ週に2回ほどお願いすることにした。 デイに行けばいろんな人と会話を交わすし、 歌を歌ったり、ゲームをしたり、 体操をしたりする。 妻にとって良い刺激になれば、 と思ったのである。 4〜5回ほど通ったある日のこと、 妻は『行きたくない』とうつむいて言った。 理由を聞いても話さない。 意地悪をされたのか? 嫌いな人がいるのか? と忠之が問うが答えは返ってこない。 本人が嫌がるのでデイサービスもやめた。 ケアマネジャーは、 『ショートステイに奥さんをたまにお泊りさせて、忠之さんが休まないと、 忠之さんのほうが倒れてしまいますよ! 』 と心配してくれたが、 『嫌がる妻をそんなところに行かせるのはしのびない。 困るような状況になったら、また利用する』 ということで、介護サービスは全て断った。 しかし、妻の認知症はどんどん悪化していった。 次第に忠之のこともわからなくなり、 『どなた?』 と聞くこともあった。 もちろん家事などはできないから、 忠之が全てやる。 掃除、洗濯、食事の用意、買い物…… 妻は排泄のコントロールができないほど進行しているので、リハパンと呼ばれる紙パンツを利用している。 本人は汚れていてもわからないため、 その処理も忠之がしなくてはいけない。 妻はお風呂にも一人で入れないから、 忠之が入れてやる。 1日が終わる頃には、ヘトヘトに疲れきっていた。 それでも睡眠が取れれば、なんとか頑張れるのだか、妻は夜も動き回る。 たまに外へ出て行こうとするので、目が離せない。 熟睡など二度とできない状況なのである。 忠之は心身ともに限界だった。 だが、可愛い娘に迷惑はかけられない。 娘も遠い異国の地で頑張っているんだ。 相談すれば余計な心配をかける。 娘を悲しませたり、悩ませることだけはしてはいけない、 と忠之は思っていた。 一生懸命に食事を作っても、 妻は『何よ、これ!まずくてたべらるないわ!』 と、ぺっと床に吐き出した。 そしてまた一口食べて噛んで、ぺっと床に吐き出す。 妻は病気なのだから…… と思っても、汚れた床を掃除するのはしんどかった。 口から出す時にうまく出せないから、妻の服も汚れている。 忠之は妻を着替えさせ、それから床を掃除した。 掃除が終われば、また洗濯をしなくてはならない。 這いつくばって掃除をしていると、 ふいに涙がこぼれた。 『あの可愛くて、優しかった妻はどこへ行ったのか……』 忠之は涙を拭った。 2人で笑い合って過ごした日々が脳裏によみがえる。 笑顔が素敵な女性だった。 心のあたたかい女性だった。 今、ここにいる妻は自分が愛した妻ではない…… 会社で嫌なことがあって落ち込んだ日は、 ただ黙ってそばにいてくれた。 一時の感情で会社を辞めると言っても、文句を言うどころか、『 あなたの心のほうが大事だから 』と言ってくれた。 『私、まだ十分働けるし、3人で楽しく生きていきたいから賛成よ』と、手を握ってくれた。 妻に苦労はさせたくない、 と思った忠之は会社を辞めず、歯を食いしばって頑張ったのだった。 そんな愛に満ちた日々が思い出される。 床掃除が済んで洗濯機を回していると、 妻がそわそわしている。 見ると、パジャマのズボンを勝手にはいていた。 たまにだが、妻は汚れたリハパンが気になる時があるようだ。 ああ、自分で脱いだな、と思うと忠之は底なしの絶望感に襲われた。 なぜなら、妻は脱いだリハパンを隠すからだ。 忠之はノロノロと寝室に行き、タンスを一つずつ開けていく。 ブラウスなどを入れているところにコップが隠されていたので、それを取る。 パジャマが入っている引き出しは中がぐちゃぐちゃになっていたが、今はそんなことはどうでもよかった。 忠之の下着が入っている引き出しに、 便がついたリハパンが押し込まれていた。 そこに入れてある忠之の下着もすべて洗濯をし直さなければいけない。 妻の手にも便が付いているに違いない。 洗ってやらねば、と思う。 あ!と、そこで忠之は思った。 パジャマをはいていたからうっかりしていたが、妻は自分でリハパンをはくことができない。 下着をはいてないのである。 これ以上、家を汚されてはかなわないので慌ててリハパンを持って妻のところへ行く。 " これをはこうね " いつもなら『うん』と素直に従うのに、この日の妻はなぜか攻撃的だった。 " さわらないで! " "パンツをはいてないと漏らしちゃうから" " さわらないでって言ってるでしょ!" 妻は忠之の手を思いっきりはたいた。更に " あっちへ行けー! " と大声で怒鳴り、そばにあった物を投げつけてくる。投げていけないものがわからないので、置き時計なんかも投げそうだった。 心神耗弱状態にあった忠之は、 もうどうでもいいや、と思った。 高齢の忠之には過酷すぎる日々なのだ。 睡眠が足りてないから頭が常にボッ〜としている。 忠之はソファに身を沈めると目をつぶった。 どうしてこうなったのだろう… なぜこのような試練を与えられているのだろう… 俺は何か悪いことをしたのだろうか… 考えても答えは出なかった。 忠之はしばらくぼんやりしていたが、 妻にリハパンをはかせてやらねば…と、重たい体を引きずって妻を探した。 妻はキッチンで排便していた。 さらに、汚いということがわからないし、便がなんなのかそれすら理解できないため……握って床になすり付けていたのである。 その姿を見て……忠之は泣いた。 子どものように声を出して泣いた。 泣いても泣いても、悲しくてつらくて心の持って行き場がない。 誰か、助けてくれ! とも思うし、妻が不憫でもあった。 地図を落としましたよ、と言って振り返った妻の、あの顔は一生忘れない。 それくらい可愛らしく輝いていた。 プロポーズをした時の嬉しそうな顔、 娘を授かったとわかった時の嬉し泣きの笑顔、娘が生まれて名前を2人であれこれ考えた至福の時…… いつも忠之のそばにいて、元気づけ、 癒しを与え、一緒に笑ってくれた妻。 忠之を一途に愛してくれた、 世界一愛らしい大事な妻…… 忠之は自分がもう長くないことを知っていた。 自分が死んだら妻はどうなるのか、 娘に迷惑がかかるのではないか、 この思いを娘にさせるのはあまりに残酷だ。 気がついたら、 忠之は警察に電話をしていた。 『 妻を殺しました 』 と。 なんとも悲しいストーリーだった。 法廷はシーンと静まり返っている。 みんな忠之の気持ちが痛いほどわかるからだ。 しかし、罪は罪である。 閻魔様が口を開いた。 " なぜ、殺したのか " "これ以上は、無理だと思いました。どんどん壊れていく妻がかわいそうだったし、自分も……限界でした。 " " 殺してはいけない、と良心のブレーキがかからなかったのか " " かかりました。いけない、と強く思いましたが、心の声は無視しました " " どうして " "妻を楽にしてやりたかったのと、自分も楽になりたかったからです " " 殺された者が楽になるか? " "いえ、なりません……殺される時の感情次第で苦しむこともあります " " そうだ、お前はそれを過去の人生で学んで知っている。それなのに手をかけたということは、お前が楽になりたいというエゴが動機だろう? " " そうかもしれません " "しかし…妻はもう人間ではなくなっていて、私も体力的にも精神的にも限界を超えていました " " ほかに道はあったはずだ " "ありました。ケアマネジャーに連絡するなり、しかるべきところに相談に行けば2人とも救われていたと思います " " …………… " 閻魔様がふいに口を閉ざした。 顔を見られまいと、うつむいている。 うつむいて泣いているのだ。 あの閻魔様が…格の高い仏が、大粒の涙をポロポロポロポロとこぼしている。 " なぜ、お前ほどの霊格の者が… 殺してはいかんとわからなかったのか… なぜ、思いとどまることができなかったのか… " 魂の旅は長い。 俺もチビ太も130回を超えている。 1回目の人生から始まって、何度も生まれ変わりたくさんの経験をする。 霊格は少しずつしか上がらないからだ。 つらいこと、苦しいこと、悲しいことなど、避けて通りたいことを数え切れないくらい経験して、忠之は今の霊格まで上がってきた。 閻魔様は何千年もかかって続けてきた、その努力をつぶさに見て知っているのである。 今回、忠之が犯したことは霊格を一気に下げてしまう。 霊格が低い者がわからないのは仕方がない。だから大声で叱るし、怒鳴る。 しかし、霊格が高い者はわかっていて罪を犯すのだから、裁くほうは何倍もつらくて切ない思いをする。 閻魔様はモニターを持って来させ、 " 忠之よ、真実をその目で見なさい " と、ひとことだけ言った。 映像は妻の認知症が進行したあたりから始まった。 当時の日々が映し出される。 それは妻が、自分自身をわからなくなった頃に始まった。 『 魂が体を抜ける 』のだ! 時々、体から出て、肉体のそばに立っているのである。 脳が自分という心を認識できなくなると、肉体は単なる肉体でしかなくなる。 そうなると、魂は肉体と分離するのだった。 認知症が進行していても、時たま普通の意識に戻ることがある。脳がうまく心を認識しているわけで、そのような時は魂と肉体は分離してない。 魂が横に立っている状態の、つまり、肉体だけの妻は、うまく機能していない脳を使ってしゃべったり、行動をする。 忠之に向かって『あっちへ行け!バカやろう!』と大声で叫ぶこともあった。 しかし、横に立っている魂の妻は、忠之に手を合わせて謝っていた。 『 ごめんなさい、忠之さん、ごめんね』 と。 そのような状態になった妻の魂もつらいのだった。 食べ物を床に吐き捨てている時も、 妻の魂は、聞こえないと知りつつ必死で謝っていた。 『忠之さん、つらいね。悲しいね。ごめんなさい。本当にごめんなさい。許して』 魂の妻は、膝をついて拭き掃除をしている、年老いたゴツゴツの忠之の手や、丸くなった背中を優しくさすりながら涙を流していた。 口から出したもので汚れた服を着替えさせているその横でも、 『夕方のお風呂まで放っておいても構わないのに……ありがとう。清潔にしてくれてありがとう』 魂の妻はすべてを理解していて、こうして見えないながらも、忠之を励まし、感謝をし、謝罪しているのだった。 忠之が声をあげて大泣きしている時は、横で魂の妻も一緒に泣いていた。 忠之の背中を一生懸命に撫でながら、ごめんなさいを繰り返し… これから罪を犯すであろうことを予測した妻は、自分が殺されることは平気だが、愛する忠之が罪を犯すことをやめさせなければ!と思った。 が、しかし、肉体の脳が心を認識できないので、肉体が使えない。止めようがないのである。 魂の妻は忠之に寄り添い、涙でくしゃくしゃになっている忠之の顔を撫でた。 親が幼い子どもにするように、優しくゆっくりと、あふれる愛おしい気持ちを手に込めて、そっと撫で続けた。 そして最後に言った。 『 忠之さん、ありがとう』 モニターを見終えた忠之はその場で号泣した。 認知症になっていても、妻は昔の妻だったのだ。肉体の脳が機能しなくなっただけで、あの優しい妻はいつもそばにいたのである。 日々の現実は厳しかったが、心の目で見れば、魂の妻を感知できていたかもしれない。 "お前はこのことをすでに学んでいたはずだ " 閻魔様の言葉で、そうだった、と忠之は思い出した。 いくつかの前の人生で忠之は重度知的障害者として生まれたことがあった。難しい人生にチャレンジした転生だった。 その人生では、脳が機能していなくても、自分という存在は別にあることを知った。 魂の自分は、落ち込んだり悲しんでいる親に声をかけ、親の背中を撫でながら慰め励ましていたのだ。ありがとうもたくさん言い、ごめんなさいもたくさん言った。 ああ、そうだった、しっかり考えていれば魂の妻に気づいていたかもしれない、と思った。 " 曇った目で見るから真実を見失う " 妻がもう人間ではないから、と決めつけていたが……殺したのは自分の都合だった、自分のエゴだった、と忠之はしんから罪を悔いた。 "今、この世界に戻ってきて、思い出せることがあるだろう? " " 思い出せること…ですか? あ!" 忠之は生まれる前のことを鮮明に思い出した。 生まれる前に、人は人生の大まかな計画を立てる。 誕生から死ぬまで守護霊として守ってくれる高級霊と、一緒に計画を練るのだが、ソウルメイトと相談することもある。 どこで出会うか、いつ出会うかなどを打ち合わせしておくのである。 忠之は妻と、京都で会おうと約束したのだった。そして、その先の人生を一緒に歩もう、と。 その時妻が言った。 『人生の最後に大きな勉強をしたいの』 忠之は知的障害者として生まれた経験があり、そこでとても大きな勉強をした。 人に世話してもらわなければ生きられない状態は、『魂が』常に周囲に感謝をすることになる。それも深い感謝だ。申し訳ないと思い、周囲の人をいたわる気持ちも常時持つこととなる。それは魂にとって大きな学びになるのである。 だが、妻にはまだその経験がなかった。だから人間界を去る時に、大きな学びを得て戻りたいと言うのだ。 "どういう状況にするの?ガンで死ぬことにする? " "そうねぇ…でも高齢だったらガンになってもあきらめちうわよね……認知症をやってみようかしら " "いいよ!僕がサポートしよう " "迷惑かけてしまうけど大丈夫?でも、あなたにしか頼めないの…こんな辛い役目" "僕にとっても学びになるから、いいよ。頑張るよ" 忠之は生まれる前に承諾していたのだった。 もっとちゃんと考えていれば、違う道があったはずだ、と、忠之は心の底から自分が犯した罪を悔いた。してしまったことは取り返しがつかない。 忠之は妻に心から詫びた。 サポートすると約束をしておきながら、裏切ったからである。裏切った自分が許せない。 いろいろな感情が忠之を襲い、忠之はこのまま消えてなくなってしまいたい、と本気で思った。深く深く反省をした。 それは心の浄化でもあった。 閻魔様は忠之に真実を見せることで、 曇っている心を浄化させたのだ。 せっかく苦労して高い位置にまで来た魂である。なんとか落ちないようにしてやりたい、救いたいと閻魔様は考えていた。 第1地獄へ行け、とひとこと言えば終わりなのに、それで済ませない慈悲深い仏なのである。 " 閻魔様、私は、今やっと、自分が犯した罪の大きさ、身勝手さを知りました。 そして、閻魔様をはじめ、ここにいらっしゃる仏様方が、人間を正しく導くことにどれほど尽力されているかも知りました。 私は罪を犯したことで、妻を裏切り、自分を裏切り、そして長い時間をかけて指導して下さった仏様方も裏切りました。 申し訳ございませんでした。 私は罪を犯して霊格が落ちますから、霊格が違う妻とはしばらく会えません。 でも、努力を重ねて元の位置まで上がります。 いつかまた、あの笑顔の妻に会いたいです! " 閻魔様は静かに微笑みながらうなずいていた。 " ワシはもう二度とお前の顔は見たくない。お前とは………未来永劫、会いとうない! " 忠之はその言葉を聞いて、涙を流した。 " ここへはもう……二度と来ません " 閉廷後 "なぁ、チビ太、閻魔様って素晴らしいよなぁ " "はい!僕、心から尊敬してます。閻魔様の下で働くことができて幸せです。 " "忠之の判決を聞いた時、俺、我慢できずにこっそりと泣いちゃったよね" " 知ってます。コウスケさん、派手に鼻をズビズビ言わせてましたから " " え?そうだった? " " はい。法廷中に響き渡る音を出して、鼻をすすってました。 " " だって、判決が、第150地獄だぜ?殺人で、だぜ? " 忠之は一人でも正しく反省をする、もう二度と罪を犯さないだろう、と閻魔様は判断した。 " 閻魔様って本当に慈愛に満ちた、サイコーの仏様ですよね " 〜〜〜〜The END〜〜〜

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