琵琶湖の水は宇治川に注ぐ(鴨川運河)

2018.08.15(水) 日帰り

チェックポイント

DAY 1
合計時間
9 時間 3
休憩時間
6 時間 12
距離
17.6 km
のぼり / くだり
45 / 75 m
20
7 45

活動詳細

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琵琶湖疏水に沿って、以前の職場に赴きました・・・と言っても、横を歩いただけで、船で行ったわけではありません。そんな、「探偵! ナイトスクープ」みたいな恐ろしいことはできやしません。桜の季節に、丸太町から大津まで疏水沿いに歩き、大津から蹴上まで疏水通船で戻ってきました。ただ、琵琶湖疏水は蹴上または丸太町で終わりではなくて、そこから南に向きを変え、伏見港まで続いています。で、今日は残る後半を歩きつつ、以前の職場に寄って用事を済ませてこようと計画しました。 そういうわけで、このレポートには山要素は皆無なのですが、たまに同じようなことをしようという方がおられるかも知れませんし、あるいはたまたま撮影した写真が将来貴重になるかも知れず、あえて残しておきます。なお、私は郷土史家でもなければ土木技術者でもなくて、あくまで興味本位で歩いただけでしかありません。記事内容に誤解があったら、どうぞ指摘して頂ければ幸いです。なお、今回参考にしたのは以下のサイトです。 鴨川運河の逍遙 https://openmatome.net/matome/view.php?q=14492177697743 琵琶湖疏水記念館 https://biwakososui-museum.jp/walk/03/ 岡崎で疏水は鴨川に注いでいますが、一部は南に曲がり、鴨川の東岸を南下します。御池通の北あたりまでは地上から見ることができますが、それより南では暗渠になり、その存在はわからなくなります。三条から五条にかけては、水の一部を流している水路が作られていますが、水量からして疏水そのものは川端通りの下または横を流れているのでしょう。 七条を過ぎると、再び疏水は地上に出てきます。間もなく疏水べりに歩道が現れ、たっぷりの水を眺めながら南下すると、疏水に何本かの橋が渡されているのが見えます。そのうちのいくつかには六芒星のエンブレムが残されていますが、これは旧帝国陸軍の紋章であり、かつて歩兵師団が置かれていたことを物語ります。 藤森で一旦旧職場に立ち寄るため疏水を離れ、夕方に再スタート。間もなく、墨染発電所が見えてきます。ここから疏水はまた暗渠に入り、国道24号線の北を流れるのですが、実はここに昔はインクラインが設置されていたそうです。そのまま残されていたら、蹴上同様に観光スポットになっていたでしょうに。 伏見郵便局の前で疏水は再び姿を現します。ここから南は、疏水は濠川に合流して流れます。昔の伏見城の堀であり、住宅地の中を何度も折れながら南西に流れますが、疏水べりを歩くことはできなくなってきます。このあたり、シーズンによっては十石船が運行する箇所で、最後には伏見港公園につながり、宇治川に注ぎます。細かいところは写真をご覧下さい。 このレポートはヤマレコのミラーです。 https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1556455.html

京都市 京阪丸太町駅からスタートです。需要の少ないレポだと思うのですが、たまにこういうことをしたいという人がいるのではないかと思い、迷惑覚悟で敢えてアップします。従って、今日は本文ではなくて写真のキャプションが多め、写真もかなり多いです。ただ、カメラの時計が多少ずれているようで、地図に出ている場所はやや不正確です。ご理解下さい。
京阪丸太町駅からスタートです。需要の少ないレポだと思うのですが、たまにこういうことをしたいという人がいるのではないかと思い、迷惑覚悟で敢えてアップします。従って、今日は本文ではなくて写真のキャプションが多め、写真もかなり多いです。ただ、カメラの時計が多少ずれているようで、地図に出ている場所はやや不正確です。ご理解下さい。
京都市 川端通りを南下すると、岡崎の疏水と交差します。左の水路は臨時の放水路だったかと。
川端通りを南下すると、岡崎の疏水と交差します。左の水路は臨時の放水路だったかと。
京都市 川端通りの西側には小さな木の橋があり、この下を通って疏水は鴨川に注ぎます。
川端通りの西側には小さな木の橋があり、この下を通って疏水は鴨川に注ぎます。
京都市 これがその合流部分。つまり、大津から旅してきた疏水は、ここで鴨川へのゴールとなるのですが。
これがその合流部分。つまり、大津から旅してきた疏水は、ここで鴨川へのゴールとなるのですが。
京都市 中央右側への穴が見えると思いますが、水の多くはここから南に流出します。これが鴨川疏水(これが正式名称なのかどうかは知りません)です。
中央右側への穴が見えると思いますが、水の多くはここから南に流出します。これが鴨川疏水(これが正式名称なのかどうかは知りません)です。
京都市 これが鴨川疏水の流れ始め。左が川端通り、右が鴨川。
これが鴨川疏水の流れ始め。左が川端通り、右が鴨川。
京都市 時々暗渠に入ります。
時々暗渠に入ります。
京都市 再び地上に出ています。
再び地上に出ています。
京都市 暗渠部分では、時々このように通気口?が設けられているようです。これは御池を少し下がったあたりですが、この辺から疏水は地上からは見えなくなります。
暗渠部分では、時々このように通気口?が設けられているようです。これは御池を少し下がったあたりですが、この辺から疏水は地上からは見えなくなります。
京都市 駅伝発祥の地の碑があります。
駅伝発祥の地の碑があります。
京都市 三条を下がったあたり。
三条を下がったあたり。
京都市 これまでは川端の西を歩いていましたが、新門前通で東に渡りました。この部分では疏水は見えないのですが、川端通りの東側に細い水路があります。
これまでは川端の西を歩いていましたが、新門前通で東に渡りました。この部分では疏水は見えないのですが、川端通りの東側に細い水路があります。
京都市 ここに説明がありますが、疏水の水の一部を地上に流して「せせらぎ」にしているとのこと。
ここに説明がありますが、疏水の水の一部を地上に流して「せせらぎ」にしているとのこと。
京都市 川端の西に通気口が見えるため、あの下にも疏水が流れていることが窺えます。
川端の西に通気口が見えるため、あの下にも疏水が流れていることが窺えます。
京都市 これは四条の南ですが、ここでも同じように川端の東側を水が流れています。これが疏水なのかどうかは記載が見つかりませんでしたが、恐らくそうなんだと思います。もちろん、本流は見えないところを流れているはず。
これは四条の南ですが、ここでも同じように川端の東側を水が流れています。これが疏水なのかどうかは記載が見つかりませんでしたが、恐らくそうなんだと思います。もちろん、本流は見えないところを流れているはず。
京都市 Yahoo!は今更私に何をしろと言いたいのでしょうか? そりゃ昨日も今日も街歩きをしているのですが、公務員だったら今日は平日ですよ。
Yahoo!は今更私に何をしろと言いたいのでしょうか? そりゃ昨日も今日も街歩きをしているのですが、公務員だったら今日は平日ですよ。
京都市 多分、どこかにかかっていた橋から持ってきたのでしょう。
多分、どこかにかかっていた橋から持ってきたのでしょう。
京都市 松原橋のたもとになります。どっちでもいいですが、走り慣れていない車はとまどう信号です。
松原橋のたもとになります。どっちでもいいですが、走り慣れていない車はとまどう信号です。
京都市 北向きで撮影。道沿いを流れていた疏水(の分流)ですが、あのあたりから暗渠に入ります。
北向きで撮影。道沿いを流れていた疏水(の分流)ですが、あのあたりから暗渠に入ります。
京都市 五条を下がったところで、川端通りの東側に移動しています。
五条を下がったところで、川端通りの東側に移動しています。
京都市 川端正面の交差点。この妙な形は、なにかの遺構のように見えます。
川端正面の交差点。この妙な形は、なにかの遺構のように見えます。
京都市 ちなみに、正面通りとは方広寺の大仏の正面のことだったかと。で、ここに甘春堂があるのですが、大仏餅を売ってます。
ちなみに、正面通りとは方広寺の大仏の正面のことだったかと。で、ここに甘春堂があるのですが、大仏餅を売ってます。
京都市 七条大橋から持ってきたであろう柱。
七条大橋から持ってきたであろう柱。
京都市 一旦川端を西に渡りました。鴨川を北方向に眺めています。
一旦川端を西に渡りました。鴨川を北方向に眺めています。
京都市 川端塩小路から疏水は地上に出てきます。
川端塩小路から疏水は地上に出てきます。
京都市 この水量を見ると、あの細々とした流れが「疏水のごく一部」でしかなかったのだろうと推測できます。
この水量を見ると、あの細々とした流れが「疏水のごく一部」でしかなかったのだろうと推測できます。
京都市 東海道線の線路をくぐります。
東海道線の線路をくぐります。
京都市 かなり年代物の柱。今更更新もできないのでしょう。長持ちしますね。
かなり年代物の柱。今更更新もできないのでしょう。長持ちしますね。
京都市 東海道線と、新幹線の高架をくぐった後です。奥に見えるのはJR奈良線です。ちなみに、JR奈良線は奈良県内を走っていないというのは、一部には有名な話。
東海道線と、新幹線の高架をくぐった後です。奥に見えるのはJR奈良線です。ちなみに、JR奈良線は奈良県内を走っていないというのは、一部には有名な話。
京都市 「一の橋」を渡って疏水の西岸に移動します。
「一の橋」を渡って疏水の西岸に移動します。
京都市 ここからしばらく師団街道を歩きますが、歩道がないのでちょっと怖いです。
ここからしばらく師団街道を歩きますが、歩道がないのでちょっと怖いです。
京都市 奥に見えているのが九条通の高架。
奥に見えているのが九条通の高架。
京都市 九条をくぐると、疏水の東岸に遊歩道が現れます。
九条をくぐると、疏水の東岸に遊歩道が現れます。
京都市 歩きやすい。
歩きやすい。
京都市 このあたりから時代を感じさせる橋が目立ちます。
このあたりから時代を感じさせる橋が目立ちます。
京都市 鴨川に接近している箇所のようで、恐らくあの水門を開くと鴨川に放水できるのだと思います。
鴨川に接近している箇所のようで、恐らくあの水門を開くと鴨川に放水できるのだと思います。
京都市 京阪の線路下をくぐります。ほとんどの人は屈まないと通れません。
京阪の線路下をくぐります。ほとんどの人は屈まないと通れません。
京都市 京阪特急。プレミアムカーは通ってしまった後。
京阪特急。プレミアムカーは通ってしまった後。
京都市 確か南を向いて撮った写真。
確か南を向いて撮った写真。
京都市 流れが遅くなってきたので、映り込みがきれいに見えるようになりました。
流れが遅くなってきたので、映り込みがきれいに見えるようになりました。
京都市 橋の中央に六芒星が見えると思います。あれは帝国陸軍の紋章だそうで、かつて伏見に歩兵師団が置かれていたことの名残です。ただ、あの六芒星がない橋(なんだか削り取られているようにも見える)もあり、どういう経緯なのかはよく知りません、
橋の中央に六芒星が見えると思います。あれは帝国陸軍の紋章だそうで、かつて伏見に歩兵師団が置かれていたことの名残です。ただ、あの六芒星がない橋(なんだか削り取られているようにも見える)もあり、どういう経緯なのかはよく知りません、
京都市 確か西岸に移動しています。あの線路はJR奈良線のはず。まもなく稲荷駅ですが、橋の上に人がたくさんいるのは、京阪の伏見稲荷で降りた人が、JRの踏切を待っているのだと思います。
確か西岸に移動しています。あの線路はJR奈良線のはず。まもなく稲荷駅ですが、橋の上に人がたくさんいるのは、京阪の伏見稲荷で降りた人が、JRの踏切を待っているのだと思います。
京都市 この広場は、昔市電が走っていた名残だそうです。
この広場は、昔市電が走っていた名残だそうです。
京都市 再び疏水の東岸を南下します。
再び疏水の東岸を南下します。
京都市 京阪深草駅。現在龍谷大学の名前をかぶせた駅名への変更が考えられているそうです。
京阪深草駅。現在龍谷大学の名前をかぶせた駅名への変更が考えられているそうです。
京都市 水面をツバメが飛んでいます。
水面をツバメが飛んでいます。
京都市 北を向いて撮影。
北を向いて撮影。
京都市 この橋は師団橋です。
この橋は師団橋です。
京都市 奥に見えるのが名神の高架です。
奥に見えるのが名神の高架です。
京都市 枝の先が水面にかかっています。
枝の先が水面にかかっています。
京都市 大岩街道との交差部で北を向いて。ここでしばらく、所用のため中断します。
大岩街道との交差部で北を向いて。ここでしばらく、所用のため中断します。
京都市 6時間後、戻ってきました。今度は南向きで。
6時間後、戻ってきました。今度は南向きで。
京都市 藤森橋。この矢印のようなものがなにを意味しているかは知りません。
藤森橋。この矢印のようなものがなにを意味しているかは知りません。
京都市 京阪の高架が見えます。
京阪の高架が見えます。
京都市 別に、黒服の少年探偵がいるわけではないのでしょう。ただ、甚だどっちでもいいことですが、夢幻魔実也邸のモデルになった家は、御香宮近くのJR沿いにありました(今はなくなっていたはず)。
別に、黒服の少年探偵がいるわけではないのでしょう。ただ、甚だどっちでもいいことですが、夢幻魔実也邸のモデルになった家は、御香宮近くのJR沿いにありました(今はなくなっていたはず)。
京都市 疏水沿いの遊歩道はここまで。墨染の発電所です。昔はここが船だまりだったはずです。
疏水沿いの遊歩道はここまで。墨染の発電所です。昔はここが船だまりだったはずです。
京都市 東岸をもう少し南に行きます。路面はアスファルトですが、しばらく前まで煉瓦だったそうです。
東岸をもう少し南に行きます。路面はアスファルトですが、しばらく前まで煉瓦だったそうです。
京都市 あの、奥の箇所からインクラインになっていたそうです。
あの、奥の箇所からインクラインになっていたそうです。
京都市 伏見に30年住んでいたのに、ここに24号線をくぐる道があることは初めて知りました。
伏見に30年住んでいたのに、ここに24号線をくぐる道があることは初めて知りました。
京都市 24号線の南から。ここでもう一度24号線の北に戻ります。
24号線の南から。ここでもう一度24号線の北に戻ります。
京都市 発電所のゲートから中を覗きます。この坂をインクラインが通っていたのでしょう。
発電所のゲートから中を覗きます。この坂をインクラインが通っていたのでしょう。
京都市 西側を見ています。左に24号線があって、その南側に曰くありげな道路があったのですが、これがインクラインの遺構なのでしょうか。今も残っていたら観光資源になったのだろうかと。
西側を見ています。左に24号線があって、その南側に曰くありげな道路があったのですが、これがインクラインの遺構なのでしょうか。今も残っていたら観光資源になったのだろうかと。
京都市 ちょっとだけ橦木町に道草します。橦木町はもと遊郭だそうです。
ちょっとだけ橦木町に道草します。橦木町はもと遊郭だそうです。
京都市 で、ここで遊んだ有名人が大石良雄。
で、ここで遊んだ有名人が大石良雄。
京都市 疏水を越えて渡っていた橋が撞木橋。遊郭に行く橋なのでしょうか。
疏水を越えて渡っていた橋が撞木橋。遊郭に行く橋なのでしょうか。
京都市 24号線の南に移動。発電所から暗渠に入っていた疏水が再び地上に出て南側に流れます。
24号線の南に移動。発電所から暗渠に入っていた疏水が再び地上に出て南側に流れます。
京都市 大回りをしてしまいました(多分、少し戻って郵便局の向かいから南に入った方が近いかと思います)。近鉄京都線の鉄橋の向こうに、暗渠から出てくる疏水が見えます。
大回りをしてしまいました(多分、少し戻って郵便局の向かいから南に入った方が近いかと思います)。近鉄京都線の鉄橋の向こうに、暗渠から出てくる疏水が見えます。
京都市 住吉小学校の北側に、疏水から別れて西に流れる水路が見えます。これは、疏水の水を新高瀬川に流すものだそうです。
住吉小学校の北側に、疏水から別れて西に流れる水路が見えます。これは、疏水の水を新高瀬川に流すものだそうです。
京都市 ここには水門があります。数年前の台風の時にはぎりぎりまで水位が上がりました。なお、奥に見えているC&Aスパイスは、全国展開している香辛料の本社で、あの近くを歩くとカレーの匂いがします。
ここには水門があります。数年前の台風の時にはぎりぎりまで水位が上がりました。なお、奥に見えているC&Aスパイスは、全国展開している香辛料の本社で、あの近くを歩くとカレーの匂いがします。
京都市 実は自宅からとても近い場所にいます。
実は自宅からとても近い場所にいます。
京都市 しかし、今日は疏水を辿るので、まだ家には帰れません。ここでしばらく疏水の左岸に遊歩道が出ます。
しかし、今日は疏水を辿るので、まだ家には帰れません。ここでしばらく疏水の左岸に遊歩道が出ます。
京都市 あっという間に遊歩道終了。具体的にどこからかはわかりませんが、濠川というもともとあった川に流れ込んでいるはずです。濠川は伏見城の堀で、これまで疏水はゆったりと蛇行していましたが、ここからはクランク状に曲がって進みます。
あっという間に遊歩道終了。具体的にどこからかはわかりませんが、濠川というもともとあった川に流れ込んでいるはずです。濠川は伏見城の堀で、これまで疏水はゆったりと蛇行していましたが、ここからはクランク状に曲がって進みます。
京都市 もともとは月桂冠の倉があったのですが、現在はスーパーになっています。ただ、「酒蔵風」の外壁にしたようです。
もともとは月桂冠の倉があったのですが、現在はスーパーになっています。ただ、「酒蔵風」の外壁にしたようです。
京都市 駅名にもなっている丹波橋ですが、ちっぽけな橋です。東向き一方通行。
駅名にもなっている丹波橋ですが、ちっぽけな橋です。東向き一方通行。
京都市 遊歩道がないため、疏水に沿って歩くのは困難で、橋の上からクランク部の写真を撮っています。
遊歩道がないため、疏水に沿って歩くのは困難で、橋の上からクランク部の写真を撮っています。
京都市 あそこで西に曲がっています。なお、このあたりのGPSログは極めて不正確で、行ってもいない道を勝手に西に行ったり。あまり信用しないで下さい。
あそこで西に曲がっています。なお、このあたりのGPSログは極めて不正確で、行ってもいない道を勝手に西に行ったり。あまり信用しないで下さい。
京都市 島津屋敷の跡。
島津屋敷の跡。
京都市 伏見土橋。
伏見土橋。
京都市 あれは竹田街道だったかと。
あれは竹田街道だったかと。
京都市 この辺は川幅もゆったり。
この辺は川幅もゆったり。
京都市 龍馬が隠れた材木小屋。寺田屋はすぐそこです。
龍馬が隠れた材木小屋。寺田屋はすぐそこです。
京都市 ここで旧高瀬川と合流します。
ここで旧高瀬川と合流します。
京都市 角倉了以顕彰碑。高瀬川を掘削した人だそうです。
角倉了以顕彰碑。高瀬川を掘削した人だそうです。
京都市 解説板。
解説板。
京都市 左奥から疏水が流れてきています。右奥から来ているのは、寺田屋の前を流れている川です。三十石船は寺田屋の浜から出ていたと聞いたことがあります。
左奥から疏水が流れてきています。右奥から来ているのは、寺田屋の前を流れている川です。三十石船は寺田屋の浜から出ていたと聞いたことがあります。
京都市 合流部から南を見ていますが、実は昔住んでいたアパートはここからすぐです。
合流部から南を見ていますが、実は昔住んでいたアパートはここからすぐです。
京都市 京阪本線をくぐると間もなく今日の行程は終わりです。
京阪本線をくぐると間もなく今日の行程は終わりです。
京都市 三十石船(イメージです)。
三十石船(イメージです)。
京都市 伏見港公園の橋から。やや左側の奥に水飛沫が見えますが、あれが宇治川に注いでいる箇所です。
伏見港公園の橋から。やや左側の奥に水飛沫が見えますが、あれが宇治川に注いでいる箇所です。
京都市 中書島駅でゴールです。なお、道に丸い石畳があるのは、昔市バスが向きを変えていた転換盤があった名残です。
中書島駅でゴールです。なお、道に丸い石畳があるのは、昔市バスが向きを変えていた転換盤があった名残です。

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