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秀麗富嶽十二景11番山頂(高川山)と戦争遺産

fumiさん YAMAP Meister Black

  • YAMAPマイスター:ブラック
  • 自己紹介:未記入
  • 活動エリア:東京
  • 性別:男性
  • 生まれ年:1968
  • 出身地:
  • 経験年数:公開しない
  • レベル:公開しない
  • その他 その他

高川山

2016/01/22(金) 16:30

 更新

秀麗富嶽十二景11番山頂(高川山)と戦争遺産

公開

活動情報

活動時期

2016/01/10(日) 08:36

2016/01/10(日) 12:35

アクセス:86人

軌跡・時間・距離

軌跡データをダウンロード
累積標高上り 1,279m / 累積標高下り 1,200m
活動時間3:59
活動距離8.70km
高低差622m
カロリー1648kcal

写真

動画

道具リスト

文章

1月10日(日)

三連休の後半は予定が何もないので二日酔いでなければ何処かブラブラしようと思っていた。。

前日の鍋登山では相当飲んだのだが、早めのお開きだったのと身体が山モードになっていたため朝は目覚まし掛けないでも5時に目が覚めた。

日曜日に1泊で甲府方面の銭湯と城巡りに行こうと宿は予約している
ゆっくり出ればいいのだが、せっかく目が覚めたので山に登りその後、甲府に向かう事に・・・

ならば中央線沿線で途中下車して登れる山

秀麗富嶽十二景の続きで「高川山」、しかも気になっている場所も確認しに行くことに

大月駅8:28着

線路と甲州街道20号との間に大月の古い町並みが残っている
以前は銭湯もあったのだが10数年前に廃業してしまった。

駅を出て右方面へ・・・
食料、水、何もないのでコンビニを探しながら登山口向かったが何もなかった。

いまさら反対方面に行く気にもならず、ゆっくり工程でも5時間ぐらい・・・まあ飲まず食わずでもイイヤと諦めて先を急ぐ

20号に出た・・・が
コンビニが無い(涙)

桂川に掛かる大月橋の袂に着いた。
いつもは急いで車で通る道、たいがい渋滞している

歩いてみると色々な物が目に入る
横断歩道を渡ると小さな祠に古い石碑・・・

色々な年代の石碑、一つづつ確認していくと、どの石碑にも「左ふじみち・右甲州道中」と刻まれている

昔の道標、いにしえの時代からこの道は今と同じだったんだと納得

橋を渡り「大月市立病院」の信号を左に登り登山口を探す。。

こういう町中や里山から登山口を探すのが結構好き・・・
まるでオリエンテーリングみたいだ

地図だと病院の裏手の山の尾根筋を登っていくはず・・・
病院を超えると道路右手の電柱に小さな看板が見えた。

「むすび山展望台登山口」
この、むすび山から伸びる尾根の先が高川山

むすび山展望登山口の下に・・・
(旧陸軍防空監視所跡)と書かれている

気になっている場所とは、この旧陸軍防空監視所跡なのだ!
ずっと前から地図を眺めていて何があるのか確かめたかった。

坂を上ると民家で行き止まり
左手にはこんもりした林

民家の手前に看板があり、庭先が登山道
洗濯物が干してある軒先を登る

9:35いかにも尾根の終わりという岬のような開けた場所に出た。
ここが「むすび山」の山頂みたいだ・・・三角点もある

その岬の突端に丸い井戸のような石組み上がる
これが戦争遺産だろうか?

看板が立っていた・・・
「大月防空監視哨跡」

説明によると・・・
サイパンを飛び立ったB29は富士山を目指して飛んできて、富士山で東に曲がると京浜方面を爆撃・・・西に曲がると中京方面へ

井戸みたいなものは、「聴音壕」といい、この中に入り耳を澄ませ、飛行機の音を聴き飛んでくる方向や機種を聞き分け、いち早く本部に知らせた重要な場所だったという事らしい・・・

なんと原始的な・・・

確かにここからは富士山が良く見える
その富士山を目指し爆撃機が飛んで来た。。その爆撃機を見つけるために富士山を眺めていた

その当時、人々(外人・日本人)に富士山は、どういう風に見えていたのだろう?
ただの目標物でしかなかったのだろうか?

その富士山は今も昔も何も変わらない

「国破れて山河あり」

まさにこの言葉が当てはまる場所だった!  ここに来れてよかった。

ここからは尾根歩き
いつも中央道で帰るときや電車で帰るときに、すぐ右手に見える尾根上を歩いている

木の葉が落ちて明るい尾根、日差しが差し込み暖かい
だけどアップダウンが続くキツイ登り

先に見える1000m満たない高川山だが、大きく聳えて見える
かなりの急登

11:34高川山975.7m着
山頂は大勢の人がいた

大月から登っている人は誰もなく、みんな初狩駅から登ってきたようだ

良かった・・・
キツかったけど大月から歩いてきて
静かな尾根歩きが出来てた。

混んでて座る場所も無いのでそのまま素通り・・・まあ、食べ物も飲み物もないし(涙)

急斜面を下るやがて林道、その先は墓地に出て中央線のガードをくぐり

12:35初狩駅着
駅前に店はなく、甲州街道まで出てみるとコンビニがありビールと摘みを買い電車で甲府へ・・・

甲府へ着いたら駅近くの甲府城(舞鶴城)の本丸跡へ
とても素晴らしい眺めで、富士山に甲斐駒、ぐるりと山々が見渡せる

信玄公も眺めていたのだろう

でも・・・
街は変わっても山や川、は変わらない

信玄公の戦国時代、先ほどの聴音壕の太平洋戦争・・・そして今


「国破れて山河あり」


いつまでも変わらない山河が残りますように・・・

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