千四百余前の皇子の足跡を追う〜羽黒修験太陽の道

2018.10.27(土) 日帰り

チェックポイント

DAY 1
合計時間
39
休憩時間
11
距離
492 m
のぼり / くだり
11 / 12 m
39

活動詳細

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訪れたのは山形県鶴岡市高寺にある 雷電神社と照光寺です。 かっこいい名前の雷電神社の参道は、由良の方角を向いていて、 出羽三山開祖である「蜂子皇子」は羽黒へ行く前に、 ひょっとしたら、この地へ立ち寄ったのではないかと思って実際訪れて確かめてみる事に。 日本遺産に登録された出羽三山。 その出羽三山の一つ羽黒山。 羽黒古修験道の本拠地であるが、イベント(講習会)へ行く前にそのはじまりの謎にちょっとだけ迫ってきました。 詳しくは写真の文をご覧ください。 --- 出羽三山の開祖は「蜂子皇子(はちこのおうじ)」 第32代崇峻(すしゅん)天皇の御子である。 崇峻天皇は592年に「蘇我馬子」によって暗殺されてしまうという悲劇の天皇です。 このままでは蜂子皇子も危険だと 厩戸皇子(聖徳太子)の勧めで宮中を脱出し、丹後由良から日本海を北上して山形県の由良海岸へ上陸します。 (双方の由良には八乙女伝説が残ります) 仙人に「羽黒山」へ行けと言われたがどこだかわからずにいると、太陽の化身と言われる3本足の霊鳥「八咫烏(やたがらす)」が現れて羽黒山へ案内したという。 その羽黒までの皇子の足取りは、諸説あってはっきりとしない。 羽黒山頂には、東北で唯一の皇族の墓所(蜂子皇子)があって宮内庁管理となっています。 由良から続く太陽の道には、皇野(すべの)、元羽黒、鉢子と、蜂子皇子と関係しそうな地名が残されています。

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