YAMAP

山登り・アウトドアの新定番

Language▼

ゲストさん

ホーム

風光明媚な川べりの赤線跡 北関東最大の風俗街(土浦)

fumiさん YAMAP Meister Black

  • YAMAPマイスター:ブラック
  • 自己紹介:未記入
  • 活動エリア:東京
  • 性別:男性
  • 生まれ年:1968
  • 出身地:
  • 経験年数:公開しない
  • レベル:公開しない
  • その他 その他

つくば市

2016/03/25(金) 16:27

 更新

風光明媚な川べりの赤線跡 北関東最大の風俗街(土浦)

公開

活動情報

活動時期

2016/03/21(月) 11:01

2016/03/21(月) 14:34

アクセス:153人

軌跡・時間・距離

軌跡データをダウンロード
累積標高上り 1,324m / 累積標高下り 1,380m
活動時間3:33
活動距離7.31km
高低差122m
カロリー1469kcal

写真

動画

道具リスト

文章

3/21(月)祝日


昨日は水戸の帰りに土浦で一杯ひっかけて筑波に帰った。。

その土浦の飲み屋街の先にも嘗て赤線跡が存在したので今日は、それを目指した。

赤線があったのは駅西口から出て数百m行った桜町2丁目界隈

地図を見ると駅南側を流れる桜川の川沿いに整然と碁盤の目に区割りされた場所に目が行く
たぶんここで間違いないだろう

昨夜呑んだ飲み屋の前を通り川沿いに西へ進むと「さくら町きらきら通り」と書かれたアーチが掛けられている

ここからが、それらしき区画、桜町

現在は北関東最大の風俗街

その歴史は城下町だった土浦、霞ケ浦の水運の利を生かし、交通の要所となり本陣・旅籠・問屋が置かれ、多くの商家が軒を連ねると共に醤油醸造業が盛んとなった。。

たぶん旦那衆の遊び場として明治期に花街が出来たのだろう

その後、大正時代に入ると土浦海軍航空隊が出来ると航空兵「予科練」の教育機関があった。海軍関係者や面会者のための料亭や遊郭その他休養施設が現在の桜町に集められて花街が形成された。

戦後は赤線を経て一大風俗街になり現在に至る

昔から下地があったことに納得できる

午前中だからなのだろうか?
閑散といしている風俗街、だが白シャツの呼び込みが店の前にチラホラあせあせ

写真撮りにくいなぁ

あるは、あるは、最初はバーやスナックの飲み屋に始まり、ソープにイメクラ、ヘルス・・・業態は様々

それもかつてのカフェー建築などを再利用している建物もあり興味深い

建物を見て回っているのだが、どうも、それらの店の店名が気になる


沿線の常磐線にちなんで・・・
「満淫電車 女~磐線」

「イメクラ○股 信用金娘」・・・看板には銀行員の制服を着た娘が微笑んでいる

昔の海軍航空隊にちなんでだろうか?そんなの関係ないのか?

「ファッションヘルス処女飛行」とか・・・

「亀とクリ ビューティーヌキニック」・・・あははー

たかの友梨ビューティークリニックだろう!

もう脱帽もんだね!よく考えるわあせあせ何となく茨城と言う県民性を疑う

普通のキャバクラのようだが、入口がサメの口、ジョーズになっていたりと

店名も面白いが、各種志向を凝らした装飾も脱帽もの

いかんいかん脱線

それらしき建物や赤線の名残を探さないと・・・

風俗店になっているが、建物をよく見ると当時のカフェー建築を改装してそのまま利用している物も多数残っているし、住宅として使用している物も確認できる

普通の住宅なのだけど、よく見ると丸窓があったり、斜に切られた玄関などが当時の面影として残っている

この風俗街の一画の先には古い料亭や旅館などが営業しているのかしてないのか確認できないが数軒残っていた。

全ての路地と言う路地をくまなく回ると当時の桜町の区画が見えてきた。

管理されていた赤線の碁盤の目の区画の周りには料亭や旅館、飲屋がぐるっと取り囲むように外廓を形成していたのが良く分かった.


それにしても北関東最大と言われる風俗街

さすがの規模で、見て回るのに疲れた。


さらに進み住所表記が「大手」に変わった。
城下町土浦の亀城に近づいてきた

蔵が現れ奇麗に整備された広い通りに出る電柱が地中化されて空が広い

観光客を集めようと土浦市がお金を掛けたのだろう
両側には蔵や商家が並びなかなか立派な通り

通りを横切り亀城公園へ・・・
天守閣は無く、公園になってしまっているが、堀や土塁が良く残っている

隣接する土浦市博物館に入り土浦の歴史を勉強して
先ほどの蔵通り戻り気になっていた店に入り昼食

天ぷら「ほたて」
明治2年創業で当時は保立食堂だったそう、予科練の指定食堂になっていて、2階は家族との面会の座敷がしつらえてある

天ぷら定食が¥880天丼並¥870と安くてボリュームがある
それ以上に当時の建物が興味深かった

仕事の時間があるので駅に戻り筑波へ・・・

今回は・・・
土浦が成り立った歴史が街を見て回りよく理解できた。。

城下から商家・・・そして軍隊
それらを受け入る形として町が発展してきた。。

それには当然人間の欲が生まれる訳で、それらを処理するために出来た花街

土浦・・・
駅の反対側、霞ケ浦の方は時間が無く歩けなかった

また来たいと思う

それにしても
県民性か?土浦独自の文化か?あのネーミングセンスは疑うなぁ~

コメント

コメントを投稿するには「ログイン」が必要です。
初めてご利用になる方は「会員登録」をお願いします。
会員登録 ログイン