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黒部 雪が霙に変わり霙が雨に変わる頃

ソラリスさん YAMAP Meister Master

  • YAMAPマイスター:マスター
  • 自己紹介:気が付けば29年間、会社に勤めた事になります。出身は富山なのですが、首都圏勤務が長く、元々、車やバイクで全国を巡るのが好きで、何時の間にか山を訪れて旅行を兼ねて愉しむ山旅スタイルになっていました。何となく各位の山行日記の投稿が高山植物に似ているのかなと感じてます。メンバーさん一人一人の投稿が花です。花の愉しみ方は人其々で、自分はひっそり咲いている花を探すのが好きなようですが、百名山登山に憧れ、残りは8ですので華やかな花にも強い憧れが在りそうです。投稿は減りそうですが時々、花を探しにYAMAPを訪れたいと思っています。
  • 活動エリア:富山
  • 性別:男性
  • 生まれ年:1964
  • 出身地:富山
  • 経験年数:10年以上
  • レベル:初心者
  • その他 その他

僧ヶ岳・駒ヶ岳(越中駒ヶ岳)

2016/08/03(水) 23:47

 更新

黒部 雪が霙に変わり霙が雨に変わる頃

公開

活動情報

活動時期

2016/03/21(月) 15:44

2016/03/21(月) 18:27

アクセス:462人

軌跡・時間・距離

軌跡データをダウンロード
累積標高上り 1,001m / 累積標高下り 881m
活動時間2:43
活動距離23.84km
高低差363m
カロリー208kcal

写真

動画

道具リスト

文章

北陸では春分の日を挟んだ三連休は時雨気味の曇天が続き、天気も悪かったのですが、3/21は天気も回復し、ようやく春が感じられる穏やかな日になりました。季節が廻るのは早いもので、前回の山行記録を登録した頃には、黒部の街には初冬の冷たい時雨が降っていたのですが、雪が霙に変わり霙が冷たい時雨に変わってきた現在は、段々と仕事も落ち着いてきて、自分にも、ゆとりが出来てきました。

最近、黒部に縁の深い詩人、田中冬二さんのある詩が気になった事も在って、生地温泉たなかやの中にある田中冬二資料館を訪ねて来ました。田中さんは福島で生まれた人なのですが、祖父母が黒部で旅館のたなかやを経営している事も在って、戸籍が黒部に在ったそうで、少年期は黒部で過ごされたそうです。晩年に、黒部の事を綴った詩がとても気になっていたのですが、旅館の館内にも展示して在りました。

雪が霙になり霙が雨になると黒部は春だ
その春は晩いが、どっと来て一時に賑やかになる
山毛欅楢栗山さくらの芽吹きがささやきあい
鶯目白頬白山雀鴨などの小鳥の囀りがあかるい
とはいえ黒部は決してそのようにエレガントではない
黒部の自然はきびしい
山は冷厳に哲理を黙示し
水は透明なエスプリに叡智を示唆する
黒部はダイナミックである
そしてまたクールでもある
黒部は生きている
その自然は永遠に不易であらねばならぬ

田中冬二さんの名前は知っていたのですが、この詩の事や生い立ちの事を知ったのは、恥ずかしながら最近の事です。(笑)去年、初冬に登った冷たい雨が降る僧ヶ岳稜線の風景は自分にとって印象的で、僧ヶ岳が見守る黒部の街並みが心に残りましたが、黒部に居ても身近な街の事さえ、知らない事も多く、心に穴が空いてるからかなのか(笑)、黒部に居ても気が付かない事も沢山在るのだと思います。故郷の事をもっと深く知る事、それが故郷を見守る事に繋りそうです。

生地温泉は日帰り湯でも利用できるので、お湯に浸かって、ほっこりした後に、黒部川を眺めて来ました。3/21は後立山連峰の眺めが良く、白馬、朝日岳も白い峰が顔を覗かせていましたが、椚の樹の向う側に見える早春の僧ヶ岳が白く輝いていたのが印象に残りました。自分が小学生だった頃は黒部川の河原には椚の樹が在って、樹液目当てでクワガタやカブト虫が多く、河原で遊んで居た事を想い出します。数年ぶりに川岸に降りて、黒部川の水に触ってみましたが、水は思ったより冷たくなく、不思議な感覚でした。冬を越して寒さに慣れているから、水が逆に暖かく感じるのかもしれません。(笑)

ロシアのタルコフスキーが作った映画で「鏡」という作品が在ります。この作品も御両親が魚津、黒部の旧家に住んでいた岩波ホールの元支配人、高野悦子さんが日本に紹介してくれた作品になるのですが、タルコフスキー監督の現在と過去が交錯して、突如、無意識の中に眠っていた記憶がフラッシュバックする、監督自身の心的外傷を綴った自伝的な映画で、描かれている記憶の奥底には何時もロシアの厳しい自然への畏怖と敬意が在るように思っています。

去年、故郷の僧ヶ岳で見た初冬の靄がかかって、視界が効かず、雨に濡れた笹藪と白い枯れ木が何処までも続く山の稜線が北陸の人の中に、無意識に埋め込まれた記憶のように感じています。

タルコフスキーは幼少の頃、家族の事を省みようとしない詩人だった父の事が嫌いだったそうで、タルコフスキーが、歳をとるにつれ、嫌いだった父に似てきた事を感じたそうなのですが、映画「鏡」の中でも自分と父、妻と母を鏡で投影しています。

振り返れば自分も家族の事を、そんな眼差しで見て来たのかもしれませんが、若かった頃は嫌いながらも畏怖と尊敬の眼差しで見てきた父に最近、少し似てきたかなと思ったり、眼を背けていた好まざる現実を、少しずつ、素直に受け入れられるようになってきた感じがして、歳をとるという事はそういう事なのかもしれません。

今年の冬は暖かくて、北陸では、雪ではなく冷たい雨がよく降りました。自分が幼少だった頃に嫌いだった、雪ではない北陸の冷たい雨。少しずつ、自分も、そんな冷たい雨を受け入れる事が出来るようになってきたと思う、今日、この頃です。(笑)

家族が病院に入院している事も在って、暫くは山登りも自重する事になりそうです。山行記録の投稿も迷っていましたが、久しぶりに投稿してみました。暫くはまだ東京出張も多く、家族の回復を待ちながら、焦らずに富山の春を愉しみつつ、皆さんの山行記録を愉しみに拝見したいと思っています。

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