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西阿波秘境探検隊 ~祖谷山系に伝わる妖怪伝説~

ミンさんさん YAMAP Meister Master

  • YAMAPマイスター:マスター
  • 自己紹介:登山歴は2年と少しですが、幼少のみぎりより車窓から眺める山が大好きでしたので山ラブ歴は30年以上の大ベテランです。

    でも、山行に関しては初心者と殆ど変わりません。

    どうぞよろしく!
  • 活動エリア:徳島
  • 性別:男性
  • 生まれ年:1979
  • 出身地:
  • 経験年数:3年未満
  • レベル:初心者
  • その他 その他

国見山(徳島県)

2016/05/30(月) 20:11

 更新

西阿波秘境探検隊 ~祖谷山系に伝わる妖怪伝説~

公開

活動情報

活動時期

2016/05/29(日) 08:19

2016/05/29(日) 12:06

アクセス:379人

軌跡・時間・距離

軌跡データをダウンロード
累積標高上り 697m / 累積標高下り 674m
活動時間3:47
活動距離5.82km
高低差650m
カロリー1449kcal

写真

動画

道具リスト

文章

今日は久しぶりの「西阿波秘境探検隊」の活動日。

〜本日登る山は〜
 四国百名山/徳島百名山「国見山」
 二等三角点「国見山」1409.06m

山頂が近づくにつれ辺りが霧に包まれていた。
静かでひっそりとした山道にはわずかな光だけ差し込み
人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。

下山後、西阿波秘境探検の活動が始まる。
物の怪が出てきそうな雰囲気からどうにも抜けることが出来ない。

そういえば、この付近の山村は古くより数々の「妖怪伝説」が伝わっていた。
大歩危・小歩危峡にも「お化け屋敷」が作られて町の観光PRにも一役買っているのだ。


「故・水木しげる氏が会長を務めていた「世界妖怪協会」は、
妖怪文化の普及・発展に貢献した地域を“怪遺産”として認定している。

国内で“怪遺産”として認定された地域は鳥取県境港市(2007年)、徳島県三好市山城町(2008年)、
岩手県遠野市(2010年)の現在3ヶ所だけである。

山城町は「こなきじじい」伝説発祥の地と言われており、2000年頃から現在の基礎となる妖怪に特化した地域づくり活動が始まった。
その活動が認められて2013年にはなんとサントリー地域文化賞を受賞、2014年には「怪フォーラム」が開催された。

吉野川北岸よりさらに北へ続く山道を、川の支流に沿って進む。
車窓越しに流れる新緑の渓流風景がなんと美しいことだ。

が!!

ふと視界に飛び込んできた不快感さえ覚える不気味なオブジェ群。
ここが、かの「怪遺産・妖怪の里」であったのだ。オブジェはこの地に伝わる妖怪達であった。
あぁ。なんともおかしな場所へと我々は迷い込んでしまったようだ。

雨が強くなってきて空もますます暗くなってきた。目的地へと急ごう。

〜次の目的地〜
 四国百山/野鹿池山(のかのいけやま)
 三等三角点/「糠池」1294.40m
 (山頂直下には野鹿池湿原がある)

山頂駐車場までの道は悪路で狭い。だけども、山頂間近まで来ると道が広く綺麗になる。
標高1200m地点に駐車場。そして、すぐそばに野鹿池神社鳥居。
そこからすこし歩けば「野鹿池湿原」にたどり着ける。

湿原木道の奥にはお堂があり、そこには一体の神輿がまつられている。
神輿に彫られた竜の彫刻。なぜ竜なのかは理由があるらしい。


「野鹿池の竜」
 阿波志には「大池山(野鹿池)は上名に在り 高峻無比 円形にして頂上平衍 池有りて能賀之池と言う
泥濘底なし 四周老樹うっそう その下篠多し 中に小丘あり 高円なり 上に竜祠を安じ 雨を乞えば必ず応ず」とある。
       
 数百年前、三名士(上名に藤川氏、下名に大黒氏、西宇に西宇氏)の藤川家当主に大助兵衛と言う男がいた。彼は狩りを好み深山にわけいっては狩りに日を送っていた。
 ある日野鹿池山に狩りに来ていたが全く獲物が捕れない、疲れたので池のほとりに腰を下ろしていたがふと
「時々この山で怪異がおこるのは池の主の仕業だろう。竜王は在宅か」
 と戯れに呟いてみると池の水面が波立ち中から蛙が一匹現れた。大助兵衛はそれを鼻で笑うと蛙は姿を消し今度は水の上に真白い雄鹿が現れた、がまたもや笑い飛ばすと雄鹿もたちまちのうちに姿を消した。
 そして一陣の風が水面を煽ったかと思うとみるみるうちに波は沸き立ち黒雲が天を覆いつくし水煙とともについに巨大な竜が現れた。竜は大助兵衛を真向こうから煽って昇天をはじめた、従者達は恐れをなしひれ伏したが大助兵衛だけは驚くこともなく竜が姿を消し去るまで眺めていた。
 その夜、大助兵衛の夢に竜王が訪ねて来て何事かを願ったらしい。
     
 翌日から大助兵衛による野鹿池修築の大工事が始まった。大歩危の川原からはるか1200mあまりの高さにある山上に毎日大勢の領民が石ごろを運んだ。
 やがて野鹿池には大堤防ができ水は山上に満々とたたえられ大工事は完成した。
 この池の竜王は今も雨乞いの神として祀られ干ばつの年は遠く讃岐、伊予の村々から雨乞いにやって来た。
      
 野鹿池には竜王の他、乙姫がいる。山爺が山伏に退治された時周辺の同族に対し「二度と再び人を害してはならぬ」と叫んだ。これを聞いて中津山に住む太郎坊、国見山の次郎坊が同意を示したが乙姫だけは何も答えようとはしなかった。そのためかその後も野鹿池のある山にはしばしば怪異が起こったと言われている。

 羽瀬の二所神社の裏の宮淵には野鹿池神社が祀られている。そこへ月に二回竜王が通った。
 野鹿池を出た竜王は羽瀬の尾根を通り、黒松泉や西の泉で休み宮淵へ入ったという。
 竜王は夜通るので朝二つの泉は晴天でも濁って見えた。
 その他、竜王は岩屋首・針金橋の上の淵にも出没すると言われている。


その後、帰路についた我々。あろうことか来た時と違う道を知らず知らず進んでいた。
これは、、、もしや!!妖怪のしわざでは!?

と思ったが、気が緩みきっていた私たちの単なるミスだった。
池田ダムにて遅い昼食を取って帰宅完了。

今回は実に興味深い資料を得ることが出来た。
40〜100年に一度しか咲かない「スズタケの花」にも巡り会えた。
これら「竹・笹」の花が咲くのは天変地異の前触れとの逸話がある。一抹の不安を感じつつお疲れ様でした。

コメント

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