私の登山の原点 人形山へ

2016.08.18(木) 日帰り

活動データ

タイム

08:10

距離

16.3km

のぼり

1395m

くだり

1132m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
8 時間 10
休憩時間
29
距離
16.3 km
のぼり / くだり
1395 / 1132 m
29
39
32
10

活動詳細

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 今週で63ともおさらばだ。50代は仕事に追われ(今もしていますが)山は年に1~2回程度であった。今年YAMAPを知り、皆さんの活動記録に刺激をうけ、最初は健康のためと思って始めたが、心の奥底に眠りかけていた山へのあこがれが、若い頃のようによみがえってきた。 当時、白山の方位盤(80Kg)を一人で担ぎ上げた長崎幸雄氏(故人)の山行記録をまとめた「わが白山連峰」を穴のあくほど読み返した。その中でも、白山山脈縦走「高三郎山から白山へ」 や「加越国境縦走」などは、畏敬の念をもって読んだものであった。今もその記録はみあたらない。私にはとてもできることではなく、そのたどった山々を一つ一つ登りつないだものであった。その著書の中に、人形山が出てきて、好きな山の一つだと紹介していた。記録を編纂した力丸茂穂氏は私の大先輩であって(今は故人となりましたが)、長崎氏(師匠と呼んでいたらしい)とよく山行を共にした。光栄にも5年くらい職場が同じとなり、「長崎氏は人形山が好きなんでしたか?」と尋ねると、彼はいつもこう言っていたと話してくれた。ハードな山行を好んだ彼は「本当に楽しい山は2000m前後の山だ。そういった山の方が、アプローチも長く、ハードな山が多く、また自然もそのままに残されており、本当に山らしい山が多い」と、力丸氏も好きで一度行くことを勧められた。そして、初めてソロ(一人)で行った山が、人形山であった。今回で4回目だが、最後はH7年となっていた。約20年ぶりだ。しかし、道ははっきり覚えていた。山のすばらしさ、360度の展望といい、今年最高の山行であった。  過ぎ去った年を戻すことはできない。しかし、64に向けて、最後を飾るにふさわしいものであり、当時どのくらいで登れたのかは記憶にないが、YAMAPの記録では4時間15分となっていたが、3時間ほどで登れた。63にしては上出来かもしれない。 いつものごとく、誰一人あわなかった。それもそうだろな (閑話休題)今日は、だだっ子のおもりがないため、いいなと思ったが、あまりの素晴らしさに、見せてあげたかったなとも思った。  GPS機能がうまく作動せず時間軌跡はむちゃくちゃになった。残念。

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