「未だ見ぬ。紅葉。移り変わり。」

2018.11.24(土) 日帰り

活動データ

タイム

02:33

距離

2.0km

のぼり

241m

くだり

238m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
2 時間 33
休憩時間
1 時間 32
距離
2.0 km
のぼり / くだり
241 / 238 m

活動詳細

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帰って来て2日目。 平日と移動の疲れが出て身体がだるい。 また昨日の清掃活動と3往復が何故か脚に効いている。 宮島4往復した脚の筋肉はどこへやら。 週2で登らないとダメ。 最近脚が細くなった。 だけど今日は昨日出来なかった中腹から登山道入口までの清掃。 まだ行った事の無い山頂は藪の中。 錦帯橋という観光地で山にも登れる場所にしては本当にお粗末。 山をメインにしたくないという意図があるにしても酷くない?って言う登山道、山頂、展望台、ロープウェイの扱い。 それを余所目に山頂から清掃。 と、昨日会った青年にまた出くわす。声を掛けると。 「清掃はありがたいんですけど。葉を少し残して頂けませんか?葉が無いと腐葉土も減って柔らかい土が無くなるので。」 そこから相方と悶々とした時間。 葉は勝手にでも降り積もる。 更に葉を出来るだけ取り除き、登山道を明瞭にしておきたい。観光ついでに登る方が怪我したら登山は閉鎖になるかもしれない。だから落ち葉の被さった岩場や木の根が絡むと不明瞭な急斜面は綺麗にしたい。 これは私のエゴ? ただ青年の意見は「土」を考えればもっとも。 だけどもやもや。 今日たまたま自販機のダイドードリンコが協賛する「日本の祭り」という番組で岩国市の小さな祭りが放送されていた。 今年の春4月に放送されたのは私の故郷、現、三原市久井町の「裸祭り」100年。 町おこしを仕事と並行していた私が知り合いの広島ホームTVのディレクターに熱く語って事前調査から町内、神社の調整もして放送まで辿り着いた番組。私の町おこしの集大成。 でもその町おこしをする意思を固めたのは故郷の里山の崩落。人が歩いていた時は綺麗だった幼少期に祖父と散歩した神社までの裏山散歩道。 高齢化が進んで人が歩かなくなって手入れもされなくなったある日、落ち葉が堆積した斜面は落ち葉が水を弾き、大量の雨水が山に吸収されずトタン屋根を滑るごとく人が歩かなくなって柔らかくなった山肌を直撃。 崩壊。 そして神社の裏山への道は無くなり、崩れた土砂と木が山の中腹にあった池を堰き止め、私が幼い頃から釣りに通っていた池の水は酸素がはいなくなり、魚が死んだ。 「土」を「森」を起点とした里山が好きな青年の気持ちもよく分かる。 でも同じことが私の大切な人の山でも起こっている。手を入れなければ同じことが起こる。 それに錦帯橋は山口の維新150周年を受けて観光客増。登山をしたことがない人が山道に入る光景が俄然増えた。 落ち葉が堆積して滑りやすい山道で怪我をしたら宮島の四ノ宮コース、多宝塔コースを同じ閉鎖が待ち構えている。 悩ましい。 でも彼の意見はも無碍にはできない。 二人でもやもやしていると下山して来た青年。 「ちょっと相談があるんだけど!」 と声を掛けて経緯を説明すると「安全確保なら」と快く承諾してくれた。 「ごめんね。ふかふかの道は消えるかもしれない。でも人が通る所だけは道を明瞭にしっかりしておきたいんだ。」 後ろ髪は引かれつつ。 誰が褒めてくれるわけでもない。 でも清掃しているとやっぱり観光客、ペットボトル片手にスニーカー姿の人が何人かくる。 落ち葉を掻く前は脚の置き場がわかりづらかったけど、すっと通れた。 脚は萎えて来たけど、私の新しい故郷の里山。 出来たら、登山客は少ないけど皆んなが安全に怪我せず、私達が大好きな「自然」「山」の世界を楽しんでくれたら嬉しい。

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