山陽道の要衝、猿掛城跡〜弥高山

2016.12.03(土) 日帰り

活動データ

タイム

02:15

距離

5.3km

のぼり

390m

くだり

386m

チェックポイント

DAY 1
合計時間
2 時間 15
休憩時間
10
距離
5.3 km
のぼり / くだり
390 / 386 m
31
1 1
25

活動詳細

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▪︎明日は雨との予報で、晴天の今日は見逃せないと出掛けます。低山ハイクと山道の自転車担ぎ歩きを考えて両方の道具を積んで30分ほどで登り口に到着。 ▪︎集落(矢掛町平林)を抜け、祠の少し先の登り斜面に取り付きます。結構急ですが、背中の小田川を挟んだ向こうの山並みが見えてどんどん高度が上がるのが分かり励みになります。 ▪︎山頂の細長く広い城跡は段々になっていてそれぞれはフラットです。まさしく此処に城の建物や生活があった事が窺えます。数百年(1205年頃の築城と書いてある)の時を経て、ほとんどの人工物が消え去った城跡で嘗ての栄華や戦いを想像するゴアテックスの靴を履いた輩がこの場に佇む事を想像する人など誰もいなかったでしょう。 ▪︎太い幹の木が多くありますが、1615年の廃城から丁度400年、中には当時の木も残っているかもしれません。知りたいものです。 ▪︎一番高い所にある本丸の南斜面の土塁の上を歩いていると、太い木に目立たぬ色のロープが結んである鎖場(ロープ場)が見つかったので伝って上り下りして弥高山に向かいます。ロープ場あちこちにありますが道は広めで歩きやすし。 ▪︎突然、広い山道に出ますが、弥高開拓地に続いていました。比較的最近まで棲んでいた廃屋は城跡の様なロマンはまるでなく、物悲しいばかりです。打ち捨てられた冷蔵庫(96年以降の製品)初代カローラ、子供自転車等などなど。中でも荒れ果てた御堂の中は風雨から守られているせいか、散らかってはいるものの、大事にされていたであろう器物がそっくり残り、寂しさも何倍になります。 ▪︎道祖神や祠がとても多いのでかなり昔から霊場だったのかもしれません。蝿が飛んでいるのは里の遺物や休憩所のトイレのせいか。帰り道、真備側の登り口から上がってきたという山登りの人に会い何だかホットします。 ▪︎六の丸から馬場を巻いて降りて行くロープで仕切られた道が有り、真備側の登山道かと思い下りましたが、砲台を左に見て下る矢掛町寄りの道でした。真備の登山道にクロスする筈だが⁈ 次は真備側からトライします。 自転車は乗らずじまい。

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